ヒステリックグラマーに息づく、古き良きアメリカ

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 宝島AGESという雑誌に、ヒステリックグラマーのデザイナー、北村信彦氏のインタビューが掲載されていた。ヒステリックグラマーといえば、90年代に圧倒的な支持を受け、デビュー間もなくして一躍ドメスティックブランドを牽引する存在となった伝説的なブランドである。

当時、ステッカーをモチーフにした黄色いショッパーはステータスの証であった。ラフォーレ原宿名物の爆発タイムには全身をヒステリックグラマーに包んだ若者たちが長蛇の列をなした。しかし、その行列に並んでいた若者のうち、そのデザイナーやブランドの根底に流れるものを理解していた者は果たしてどれくらいいたのだろうか。

 日本人、とりわけ女性はブランドの歴史的背景やテーマについてあまり知ろうとしない。「可愛い~!」ければOKなところが往々にしてあり、ハイブランドの根底に流れているものを知らずに大枚をはたく。「みんなが着ている」「世間で流行っている」という“自分は潮流から外れていない”アピールであったり、「自分をよく見せたい」「モテそう」という“張子の虎”的な考えであったりすることが多い。

 インタビューを読むと、北村氏の60~70年代のアメリカに対する深い憧れが伝わってくる。そして、アメリカでのヒステリックグラマーに対する反応は、日本でのそれとは少し違っていたようだ。

 もともとヒステリックグラマーはロックをこよなく愛し、ミュージシャンと仕事がしたいという北村氏の思いから始まったブランドであった。音楽はもちろん、アメリカのB級ポルノであったり、ジャンクフードであったり、アメリカンカルチャーへの共鳴が服に表現されている。NYでは、そのベースにあるものを感じ取ったアーティストやミュージシャンからの熱い支持を集めたのだ。

 誕生から20年以上経ち、一大ブームを経て定番ブランドとなった今も、ヒステリックグラマーはコンセプトも価格帯も変わらない。時代に流されて、もともと持っていた大切な何かを失ってしまうブランドも多数存在するなか、このブランドは今も若き日の北村氏が焦がれる熱っぽい憧憬とともにある。だからこそ、ただのブームでは終わらなかったのだ。

 ブランドに流れる息吹を感じたうえで商品を見ると、また違った愛着が生まれてくる。何もかもが飽和状態の今、洋服を選ぶ取捨選択のひとつとしてデザイナーの心意気も入れてみてはどうだろう。もしかしたら、あっという間に選択の幅は狭まるかもしれない。

(文・藤原 綾)

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